福島県浪江町・相馬市にお伺いしました。5年ぶりの福島です。
現場に赴き、その場所を五感で感じ
さまざまなご事情の方々と生で会話できるその得難い体験と感銘が
腹の底まで沁みわたる視察となりました。
浪江町では、震災遺構となっている請戸小学校を卒業生の門馬よし彦さんにご案内頂きました。
全児童が1.5キロ離れた裏山へ避難し津波から難を逃れ全員が助かった奇跡の小学校。
「誰でも良いから隣にいる人の手を繋いで逃げる。落ち着くまで戻らない」
最も伝えたいことだそうです。
港の灯台の下で、シンガーソングライターの門馬さんが
3月11日に必ず歌うという「ねがい」という曲を歌ってくださいました。
ご一緒させて頂いた絵本「きぼうのとり」
サポートプロジェクトの3人と吉沢で絵本を朗読。
「きぼうのとり」は震災と原発事故を風化させないため、そして大切な命を守るために福島民報社が企画した絵本です。2年前に福島民報社さんから川崎市立小学校全112校にご寄付頂く橋渡しをさせて頂きました。
相馬市に移動し、久しぶりに立谷市長を表敬訪問。震災復興半ばで起きた、
線状降水帯の大雨による全市断水や震災後の度重なる地震への対応についてなど、貴重なお話しを伺いました。
講演では、震災・原発事故への対応、復興対策子どもたちへの支援策も含めた多角的な政策、
またコロナ下での地震対応など、常に先を見て
決断される姿勢と、持ち帰って具現化したい良策の「宝の山」に改めて感銘を受けました。
全国市長会・会長でもある立谷市長は相馬市から災害対策を全国に発信されてもいます。
災害対策の師と仰いでいる方です。
相馬市内の復興施設を見学したあと最後に、妹の笹久保が「相馬の母」と慕う阿部洋子さんご夫妻のお住まいにお邪魔しました。
漁師の後継ぎだった息子さんは当時39歳。
消防団の副団長として逃げ遅れた人がいないか確かめている最中に津波で亡くなられました。
とても優しい自慢の息子さんだったそうです。
来てくれて嬉しいと、お昼ご飯をたくさん作って笑顔でおもてなししてくださいました。
唯一の遺品は奇跡的に戻ってきた消防団の半被と帽子。大切に大切に飾られていました。
東日本大震災から12年の歳月が経ちました。お伺いさせて頂く度に学ばせて頂いています。
コロナを経て、2年間週一回の「きぼうのとり」朗読に参加した経験も経てお伺いした今回は、
気がつくと自然に涙が溢れているような、静かだけれど魂の底から揺さぶられるような、深く得難い体験となりました。
この学びをしっかり活かします。
一番大切な命を守るために私の出来ることを、出来るかぎりきぼうを持って。